ライフスタイルとしてのギャンブル

あくまでも、ギャンブルとは「選択」です。ギャンブルは、人生をがらりと変えてしまうほどの大金を手に入れるチャンスであると同時に、人を破滅に導くかもしれない悪習でもあるということを理解しておくべきでしょう。ある瞬間にすべてを手に入れ、次の瞬間にすべてを失ってしまうこともあります。なんだか楽しそうに聞こえるかもしれませんが、それを楽しみすぎると、簡単に間違った方向に向かってしまいます。

ところが、一部の観光地では、ギャンブル特有のエキサイティングな要素がリスクレベルと共に、文化に体系的に取り入れられています。今回は、「そんなギャンブル天国なんてあるのか?」と疑問に思われている方のために、魅惑のギャンブルスポットを3つご紹介しましょう。

  • ラスベガス

ラスベガスは伝説的な都市であり、スピード結婚やギャンブルとなれば世界最高の場所といえるでしょう。砂漠の真ん中の隔絶したこのオアシスで、運試しをしたり、ギャンブルを嗜んだりしてくださいね!

大人のためのバーチャル・プレイグラウンドとも呼べるラスベガスのカジノは、年中無休で営業しており、その評判のおかげで、数々の不況の波を常に乗り越えてきました。

ラスベガスは、世界中の多くの人々を魅了し続け、2016年には4290万人という過去最大の訪問者数を記録しました。特に、西半球とヨーロッパの人々にとっては、ラスベガスはお金がすぐに手に入るギャンブル天国なのです。

  • オーストラリア

統計によれば、オーストリアは世界一のギャンブル国だそうです。2016年のデータによると、オーストラリア人は世界の人々と比べて平均40セント多くのお金をギャンブルに使っています。オーストラリア人はゲームマシン、なかでもポーカーマシンが大好きで、昨年は90億ドルものお金がギャンブルで消費されました。

エンターテイメントは山ほど存在するのに、オーストラリア人はどうしてギャンブルがそこまで好きなのだろう?と不思議に思うかもしれません。その答えは、オーストラリアの8つの州に20軒もの合法カジノが存在するという事実にあるといえるでしょう。

  • マカオ(中国)

マカオには、ラスベガスのような娯楽的な気晴らしはありませんが、巨大な資本がマカオのカジノを通過していることから、MGMなどのラスベガスの主要なギャンブル企業がマカオ市場を席巻しています。なぜかというと、あらゆる意味での豪華さと派手さとなれば、マカオはラスベガスに太刀打ちできないからです。

ラスベガスは「西のマカオ」、そしてマカオは「東のラスベガス」と呼ばれることがありますが、両者の決定的な違いは、人々はギャンブルだけを目的としてマカオを訪れるという点です。

有名ギャンブラーたちの生き方

ギャンブルは人を誤った方向へと導くこともありますが、この悪習を生涯にわたって楽しみ、後世に素晴らしいものを残したギャンブラーも存在します。

  • フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー

1821年にモスクワで生またドストエフスキーは、世界文学において最も影響力のある作家の一人であることに加え、歴史上で最も偉大なギャンブラーのひとりと称えられています。古い『バザール』のエピソードによれば、この世界文学の巨匠は、ギャンブルでの借金の返済に充てるために出版社から前払い金を貰おうと、小説『罪と罰』の最後の部分をわずか数日で書き上げたといわれます。ギャンブルがもたらした様々な結末を通して、ドストエフスキーは作品の大いなるインスピレーションを見つけ出したのです。

  • ジョン・ビクター・アスピナル

アスピナルは、ギャンブルで稼いだお金を、自らの動物園に注ぎ込んだことで知られています。それで稼いだお金で、1956年にはカンタベリー近郊の田園地帯にある老朽化した城「ハウラー城」を購入したそうです。彼は広さ3.5ヘクタールの土地に私設動物園を建設し、その経営資金をギャンブルとカジノ経営で得た利益から調達しました。この動物園は珍しい動物が多くいることで知られています。

  • ルネ・デカルト

フランスの哲学者、数学者、科学者として知られるデカルトは、1596年にフランスのラ・エーで生まれました。今日の私たちが知っているのは、ギャンブラーとしての功績ではなく、「我思う、故に我在り」という格言のほうですが、彼はプロのギャンブラーになるという決意をし、生涯、ギャンブルの魅力を楽しんだそうです。